高山研Newsletter (No.27,2002年8月) 
残暑お見舞い申し上げます。
まだまだ暑い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今回は、新聞に関する話題を2つ取り上げます。

朝日新聞に掲載されている「私の視点」という投稿欄をご存じの方も多いと思います。そこへ、私も投稿したのですが、あえなく却下されましたので、ここで公表させていただきます。
内容は、以前ここでも述べてきたことをまとめたものです。


耐震安全性の確保は誰の責任か

我が国には建築基準法があり、この第1条には「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする」とある。地震などに対する建築物の安全確保も建築規制の基本目的の一つである。しかし、最低の基準である法律を満足していることで、最高の基準という誤った認識が生まれていないか。

建築基準法制定時(1950)、行政は本格復興に耐える最低基準を示し、技術が確立していないため、法令に詳細な事項を定め、建築主事による確認制度を採用した。技術水準は向上し、社会の要求も多様化している今日、最低基準という名の詳細な規定と確認申請制度という画一的な枠組みは、もはや限界がきている。

建築の性能を評価することは難しい。例えば、自動車の性能は完成車をテスト走行することで検証できるものの、リコール問題は後を絶たない。建築は一品生産であり、実物実験はできない。強いていえば、大地震に襲われた時に初めて性能が確認できることになる。地震がくるまで安全と思い、性能の確認を怠っていないか。建築の性能の確保には、建築の設計をおこなう人、建築をつくる人、監理する人などの技術力や倫理観に大きく依存しているのである。

建築基準法が大きく改正施行されて2年が経過した。改正では性能規定化ということが掲げられた。従来、建築で使用される部材や材料の性能を材質や寸法などで規定していたのを、所定の性能を満足すれば材質や形状などの制約なく利用できるようにして、新材料や新構法を取り入れた設計をやりやすくするとともに、建築の性能をできるだけ明らかにしようとした。改正の主旨は良かったものの、実際の法律では非常にこと細かい規定が設けられた。

特に問題なのは、旧基準法38条の削除と実験による検証の項目の削除である。旧基準法38条では、法律で規定されていない材料や構法を建設大臣が認定することで利用できるようにするものであった。この認定の手続きに恣意性があるとして、改正基準法では削除された。実験による確認は科学技術の根幹である。建築で使用する材料や構法もこれまで実験によって性能が検証されてきた。この規定が無くなったために、あらかじめ法律に規定されているものしか使えない。結果、新材料・新技術の利用にあたっては、煩雑な手続きと膨大な資料作成を伴う材料認定を経なければならず、技術の発展が阻害されている。

建築の構造安全性を検証する手法として限界耐力計算が追加された。外見は科学的に完成されたもののようにみえるが、この手法の適用範囲などについては十分議論されていない。規定された詳細な計算方法に従えば、誰でも計算可能であり、設計者の技術的判断が入る余地が少ない。このため、設計者によっては、法律(手続き)を守ること自体が目的となり(思考停止に陥る)、良い建築をつくるという本来の目的を忘れてしまう危険性がある。

逆に、全てが決められていれば、行政側がチェックしやすい仕組みとも言える。本来、科学技術をベースとしたより高度な手法が普及している現状で、いつまでも技術の進歩を阻害するような行政の枠組みはやめるべきである。いまや社会は、自己責任の時代である。建築の設計だけが、お上が決めたことだけを守っていれば良いのだということではすまされないのではないか。行政は細かい計算規定や告示作りは学会にまかせ、設計者に権限と責任を与え、国民のためにより良い建築や住環境をつくるための社会システムの構築を目指すべきである。      (2002.7.19 高山峯夫)



もう一点は、同じく朝日新聞(2002.8.2)に掲載された免震ビルに関する記事について。

この記事では、鳥取県西部地震の際、大阪エリアに建設された2棟の免震建物の揺れ方について述べている。1棟は、硬質地盤上に建設されており、他の1棟は軟弱地盤上にある。両建物の揺れ方は地盤特性の影響を受けるため当然異なっている。軟弱地盤にある免震建物の揺れ方が地面に対して増幅され、いかにも予想外に大きく揺れたと報じている。

本来このような揺れ方は事前に予測されうるものであり、この程度の揺れの大きさでは、免震建物の性能として何ら問題がない。本記事は、免震構造の性能について誤った認識を与えている。
新聞の使命としては、安易に不安をあおるようなことはやめて、免震構造の特性をきちんと解説することを優先すべきである。

「免震構造の建物が、通常の建物より長く大きく揺れる例があった。」
これと同じことは、超高層建築でも起こっている。遠くで発生した地震で東京圏の超高層建築がゆっくり揺れることもある。免震構造の大地震時の揺れは、通常の建物(耐震構造)に比べれば、格段に小さくなるように設計されている。もし大地震が発生すれば、耐震構造は構造骨組や内容物・居住者に大きな損害がでる可能性が高いのに対して、免震構造ではそういった被害を小さくすることが可能となる。
ここでは小地震時における免震構造の揺れ方だけを問題としており、そもそも免震構造の設計の問題である。

「大地震では、免震建物の揺れは地面より小さくなるよう設計されているが、このときは最大で2・3倍も揺れが増幅された。」
地震観測結果によれば、確かに揺れ(加速度)は増幅されている。しかし、増幅された建物の加速度は60gal程度であり、建物の構造上、機能上全く問題のないレベルである。
大地震時の建物や居住者の安全性を考えた免震建物の設計では、小地震に対する免震効果が低下することはこれまでの地震観測結果からも分かっていることではなかったのか。
これは、F1マシンのように速く走ることを追求した車に乗り心地(居住性)までも求めるようなもの。逆に、どんなに乗り心地のよい車でも全く揺れをなくすことはできないわけで、どの程度まで居住性を改善するかは、免震建築にどこまでの性能を期待するかによる。

「この程度の揺れでは、振動にブレーキをかけるダンパーが働かない設計である」
居住性を問題にするのであれば、設計の際に、小地震に対する検討をして、それに対応できるダンパーを配置すべきではなかったのか。設計した後にこのような問題が発生するのは、設計時点での検討が不十分だったことの証左である。

以上

(平成14年8月14日 高山峯夫 記)
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