2005年6月18日〜19日 熊本アートポリス見学会
熊本アートポリス見学記
福岡大学工学部建築学科
金斗幸子・石丸崇敬・榎木園飛鳥・臼井謙太朗・永田哲也・泉絵里・倉掛健寛/高山峯夫,森田慶子
■見学会の概要
熊本県が1998年から進めている熊本アートポリス(KAP WebPageアドレス http://www.artpolis.net)は、優れた建築物・質の高い生活環境の創造、地方が主体的に建築及び都市文化の向上を図り、地域活性化に貢献すること等を目的とした建築文化事業である。県内に優れた建築群が集合しており、建築を学ぶものにとっては、格好の教材である。今年も6月に見学会を実施した。この見学会は、実際の建物(空間)に触れることで、写真や言葉から得られる印象との差異を感じ、自分自身で使い勝手などを検証し、今後の建築設計への参考にしてもらうことが主な目的である。
見学に際しては班分けを行い、各班ごとに担当の建物を決めて見学に臨んだ。以下に学生の目で見た施設の感想と写真を紹介する。
■見学会のスケジュール
見学会は2005年6月18日(土)〜19日(日)の1泊2日で実施した。見学先と見学順序は以下の通り。今回の見学先は10施設である。
1日目:漁業取締事務所 → 海のピラミッド → 天草ビジターセンター・天草展望休憩所 → 松島町会津週末処理場管理棟 → 苓北町民ホール → 富岡園地公衆トイレ → 天草プリンスホテル泊
2日目:教会の見えるチャペルの鐘展望公園 → 崎津教会 → うしぶか海彩館 → 牛深ハイヤ大橋
■おわりに
■漁業取締事務所
ここでの見学は、休日で閉館していたために外観のみとなった。大きなゲート状の屋根とデッキは海風によって黒く変色していた。薄汚れた感じはなく、長い歳月ここでの出来事を見守ってきたという重みを感じさせられた。海岸側には後付されたであろう大きな柵が設置されていて完成当初のような開放感は失われていた。また、住宅地側の外観は非常に閉鎖的で、人と街を繋げるという役割を果たせているのか疑問に思った。(金斗幸子)
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■海のピラミッド
巻貝をイメージして造られたこの建物はインパクトのある外観を持ち、天草に訪れた人々の目を釘付けにする。中に入ってみると少し薄暗く、トップライトへ向かうようにスロープが続いている。スロープの壁にはこどもたちが描いた海のピラミッドの絵が飾られており、こどもたちが楽しそうにてっぺんへ向かって競争している姿はほほえましく思えた。実際にスロープを上ってみると、緩やかとは言えないような傾斜が続いていた。しかし、その微妙な傾斜がこどもだけでなく大人までも走らせていることに気付いた。中央にある売店の方に話を聞くと数年前まではスロープから砂が落ちてきていたらしいが、最近仕上げ材を変えることで改善されたそうだ。てっぺんまで上って外に出ると天草の美しい海が一望できた。また、外側のスロープからは港の風景を楽しむこともできる。この建物の周辺には海やこの建物をイメージした小さな公園があり統一感のある1つの“まち”を造っているように思えた。(金斗幸子)
内部スロープを頂上へ向かって登る人々(写真:上田理恵)
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■天草ビジターセンター・天草展望休憩所
この施設は天草の自然を紹介するため、熊本県が設置した国立公園のビジターセンターと、土地を提供した松島町が併設した無料休憩所からなっている。事前調査で、自然との協働と子供との協働を図った建築であるという事を知り、実際はどのようになっているのかと考えていた。正面のファサードを見ると、打ち放しコンクリートの壁の上に鉄板屋根が浮いているように見え、コンクリートの閉鎖的な印象を和らげているように感じた。また、壁・床には天草で採集した石がはめ込まれ、屋根の形状は山の稜線を描いており、自然との協働という意図が感じられた。施設の中に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのは大小の小島がつくる多島海の美しい風景だった。海側のファサードは全面ガラス張りで、床の模様が外部と連続しており、正面とは逆の開放的な印象を受けた。展示物も風景を干渉しない配置がなされており、子供向けの展示物も多く見られた。
従業員の話では、普段は老人会の年配者が、夏には特に子供連れが多く、1日100人前後の人が訪れるそうだ。休憩所にあるイスは子供向けに設計されており、子供を配慮した計画がうかがえる。
この土地ならではの多島海の風景と自然を体感できる空間として、設計者の理想が叶ったと言えるのではないだろうか。(石丸崇敬)
正面外観。急な坂がアプローチとなっている。(写真:石丸崇敬)
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■松島町会津終末処理場管理棟
この建物は町の特色が漁業であることから船の形をイメージした鉄筋コンクリート造で、船のクレーンを表した鉄骨トラスの踊り場が特徴である。
見学に行って最初に感心したのは、悪臭が全く感じられなかったことである。汚泥を処理する施設が、地下ではなく地上に設置してあるため、臭いがこもらないように工夫されていた。
管理者の話によると、管理棟の開口部は殆どはめころし窓のため、通気性・断熱性が悪く、温度調節が難しいとのことであった。設計者の意図である悪臭対策、デザイン重視等の為であろうが、利用環境をもう少し考えて欲しかった。感動と美と利便性を備えるのはなかなか難しいと思った。(臼井謙太朗)
船をイメージした管理棟(写真:臼井謙太朗)
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■苓北町民ホール
町役場、公民館の跡地に建つコミュニティー施設。住民参加型がねらいで、設計に際し、繰り返しワークショップが行われた。話を伺った教育委員会の担当者は、ワークショップに一度参加したようだが、「よくわかりません」との言葉に設計者と住民との間で認識の格差を多少感じた。なだらかな曲面の外観は、その色合いが周辺の古い住宅とうまく調和し、形態的独自性も周囲との遊離を印象づけることはない。しかし実状は、木材に防水性のある塗装が施されていないため、腐朽が激しかった。ホールに接する壁はガラス張りだが、開閉不可で、夏場のホール内は、南側の陽の影響でかなり暑くなるようだ。加工が特殊なために、雨漏りもひどいとのこと。ステージや会議室は年中空きが無いほどよく利用されている。見学当日も老人会の方々が、ステージで踊る姿がみられた。運営も住民によるもので、機器の操作も月に何度かの講習を受けながら、すべて自分たちで行う。話をうかがって感じたことは、運営に関して自分たちで行うという意識の高さと、ここでのコミュニティーがうまく形成されていることだ。しかし、多年齢層が利用しているかどうかは、疑問が残る。(榎木園飛鳥)
なだらかな曲面にそった光あふれる階段(写真:権藤裕子)
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■富岡園地公衆トイレ
天草北西部に位置する富岡半島にある雲仙天草国立公園。その中にこの公衆トイレがある。高い場所から離れて見てみると、まっすぐに横に伸びるルーバーを持つこの建物と、後ろに見える海の水平線、そして前を通る一直線の道路の3本のラインが統一されていてとても美しい。構造は、T型の鉄筋コンクリート壁が杉材の大屋根を支え、トイレの空間は木製のルーバーを囲う構成となっている。対角線上にベンチを設けることで、二方向の景色を眺められる憩いのスペースになっているのも魅力的である。
風通しを良くした反面、プライバシーの欠如や障害者トイレの狭さなど、いくつか問題があると感じたが、清潔で良いトイレだと思った。(臼井謙太朗)
とても開放的な公衆トイレ(写真:高山峯夫)
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■教会の見えるチャペルの鐘展望公園
入り江と山々の美しい風景が広がる。モニュメントはそれを見渡している様だった。教会の見えるチャペルの鐘展望公園。金比羅山の麓から神社の境内を通り、紫陽花の咲誇る505段の石段を登った所に公園が広がっていた。その道は整備されてはいるが、利便性は低いだろう。十字架型のモニュメントを中心とした多目的ステージも、あまり使われている気配が無い。丘に吹付ける海風のせいか、モニュメントの仕上に使われている桧板は傷んでいる。それを補強の為か仮設的に巻かれた、質感の違う木材と留金。割れて放置されているベンチの木片、ヒビの入ったコンクリート。定刻に鳴らなかった洋鐘。…ただ、その景色は素晴らしかった。(永田哲也)
十字架のシルエットが浮かぶ、朝の展望公園。 (写真:永留芙美)
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■崎津教会
その景色に融け込む教会、崎津天主堂。鉄筋コンクリートと木造、ゴシック風様式。しかし漁村の街並とよく調和が取れている。瓦葺の屋根と単彩な色調がそうさせているのだろうか。西洋の教会と比べて、装飾などから可愛らしい雰囲気が得られる。礼拝堂は、日本ではよくある畳敷。この国ならではの教会建築だと思った。(永田哲也)
碧い海を湛えるキリシタンの街、崎津。(写真:永田哲也)
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■うしぶか海彩館
うしぶか海彩館は、牛深における観光の拠点・情報の発信地であり、海の駅として多くの人々に利用されている。
この建物は、事前調査した通り、大空間に広がる木製トラスの連続と(見ていて涼しい)青く塗られた鋼管がとても気持ちよく、リズム感があり、開放的で入りやすい空間だった。しかし、中に入ってみると、この大空間は吹きさらしで開放的であるにも拘らず、予想以上に光が入りにくい。照明なしでは薄暗い空間となってしまっていた。夏は明かり取りからの光により建物内部は高温となり、冬は強い海風が通り抜け、非常に寒くなるそうだ。他にも管理側の話によると、年間100万円と非常に維持管理費がかかり、7年に1度のペンキの塗り替えには3000万円もかかるとのことだった。
この建物は、情報の発信地・観光の拠点でありながら、デザインを重視するあまり、利用者への配慮が欠けているのではないかと思った。
改めて、意匠と機能とのバランスの難しさを感じた。(泉絵里)
連続トラス空間(写真:泉絵里)
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■牛深ハイヤ大橋
遠くから観ても美しいフォルム。レンゾ・ピアノの設計したこの橋は、構造的にもデザイン的にも大変上手くまとまった橋となっていた。構造体として、風を受け流すための半円形の底面と側面にある風除板、それに接合部分の面積が少ないため橋から独立しているようにみえる支柱がある。これらが上手くデザインとも意味を成して、その三要素の連続というシンプルさが、未来的なデザインに感じ取れた。さらに、この橋の883mという長さを考慮に入れると、あたかも自分が海の上に浮かぶ神龍の上を歩いているかの様にさえ思えた。
そしてもう一つ、この橋には牛深市の3つの地区を結ぶために螺旋の橋が繋がっていた。この橋だけは形状が違い、付属として付けられた感じは否めなかった。しかもそこには、その交通の交差のために信号があった。これは不自然ではあったが、とても新鮮な感じがした。ある意味、この長い橋を通る人へのアクセントとなっているような気がした。
ここを訪れた人は是非歩いて渡って欲しい。できれば、夜の牛深ハイヤ大橋も観て欲しい。(倉掛健寛)
牛深ハイヤ大橋を下から観て、奥に信号と螺旋の橋が観える。橋とガードレールの曲線が美しい。(写真:横山あい)
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■おわりに
8年目にしてやっと実現した天草での見学会は、天候にも恵まれ、建築のみならず自然も堪能することが出来た。今年は、参加者に書いてもらうアンケートの項目を細かく設定してみた。学年毎に集計すると、1年生からは「もっと建物の説明をして欲しい」といった要望もあったが、毎年参加している3年生には自由度の高さに定評があったようだ。
くまもとアートポリスの建物は、「こんな点が使いにくい」といった利用者の声を聞く一方で、親しみを持って利用もされている。悪い点は指摘しやすいが、良い点は意外と気付かないことも多いのかもしれないと感じることがあった。参加した学生諸君はどんな風に感じたのだろうか。この経験をぜひ今後につなげていって欲しいと願っている。
■謝辞
見学に際して大勢の見学者を快く受け入れて下さった施設の方々、並びに学生の質問にお答え頂いた方々には大変お世話になりました。また、熊本県土木部建築課の本田昭浩氏にはKAP見学に際して資料や新しい情報をご提供頂きました。ここに記し感謝の意を表します。
■参加者と班構成(括弧内は担当した施設)
第1班(漁業取締事務所・海のピラミッド)金斗幸子(班長),辻ゆり子(副班長),上田理恵,合戸裕貴,松林美沙子,安藤真理子/第2班(天草ビジターセンター・天草展望休憩所)石丸崇敬(班長),小吉由希子(副班長),宮地幸恵,田中えみ,松永祐輝,内山和博,川内沙織,松田沙織/第3班(苓北町民ホール)榎木園飛鳥(班長),原田克郎(副班長),権藤裕子,松元めぐみ,杉山法子,齊藤智之,天野将孝,芝佐弥香/第4班(松島町会津終末処理場管理棟・富岡園地公衆トイレ)臼井謙太朗(班長),瀧口正太(副班長),吉田浩太,脇山ゆかり,平本千尋,行實明花,山崎敦子/第5班(教会の見えるチャペルの鐘展望公園・崎津教会)永田哲也(班長),井口かおり(副班長),小宮麗加,枝光陽向子,寺師弘喜,永留芙美/第6班(うしぶか海彩館)泉絵里(班長),太田佳那(副班長),庄村由美子,武藤孝文,安永玲,斉藤有夏里,本村龍平/第7班(牛深ハイヤ大橋)倉掛健寛(班長),横山あい(副班長),久保田圭一,長香世子,奥村朋子,山下晋也,木尾麻紗美/高山峯夫,高倉慈広,森田慶子 以上51名
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